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再結成したあのバンド、どうなった?

07年~08年辺りにかけて、解散していた人気バンドが次々と復活する「再結成ブーム」なるものが日本で起きた。そのバンドの多くはかつてのバンドブームを牽引しており、未だに根強いファンが多い。中にはメンバーの不和などにより絶対再結成は無いだろうと思われたバンドもあり、まさかのサプライズにファンからは驚きと賞賛の声が上がった。


しかしファン以外の人間からすると、再結成した瞬間は話題になるもののいつの間にか忘れ去られていた、または活動の様子が見えてこないことが多い。僕も個人的にその後どうなったのか気になるバンドがいたので調べてみた。


1.米米CLUB
代表曲:君がいるだけで
1997年に解散
2006年に再結成
 おそらく日本における再結成ブームの先駆けであろう。再結成当時は「うたばん」等のテレビに出まくっていた記憶がある。再結成から現在まで8枚のシングルと1枚のアルバムをリリース。去年の8月にシングルを出して以降は活動が停滞気味だったが、今年は2枚のシングル+フルアルバム、10月からはホールツアーと精力的に活動していく様子。


2.筋肉少女帯
代表曲:元祖高木ブー伝説
1999年に凍結
2006年に仲直り
 高い演奏力と大槻ケンヂの独特の詩世界が特徴的なバンド。97年に中心メンバーの橘高、大槻が脱退したことにより活動停止(凍結という扱い)。06年に「THE・仲直り!」と称して復活した。現在までシングル2枚、アルバム2枚をリリース。2008年には14年ぶりに武道館でライブを行った。現在も積極的なライブ活動を行っている。


3.JUN SKY WALKER(S)
代表曲:歩いていこう
1997年に解散
2007年に再結成
 ブルーハーツと並んでバンドブームの代表格。テレビ番組「アメトーク」にて再結成後初のライブを披露した。発表した音源はシングル1枚だけだが、精力的なライブ活動を展開。2008年にラストツアーを行い、現在最後に出演したのは2008年12月31日のCOUNTDOWN JAPAN 08/09。オフィシャルサイトも機能していないので、これが最後だと思われる。


4.LUNA SEA
代表曲:ROSIER
2000年に終幕
2007年に開幕
 GLAYと並び、ヴィジュアル系ブームの代表格。終幕後はメンバーそれぞれがソロ活動を行っていたが、2007年一夜限りの開幕。クリスマスイブの東京ドームを満員に埋めた。その後2008年に行われたX JAPANのHIDE追悼ライブ(hide memorial summit)に出演。同じく再結成したX JAPANと共に「BELIEVE」を演奏した。現在その後の活動予定は未定。


5.YMO
代表曲:ライディーン
1983年に散開
1993年に再生、活動停止
2007年に再結成
 「教授」こと坂本龍一を擁するバンド。07年のキリンラガービールのCMを思い出す人も多いだろう。再結成後発表した音源はセルフカバー「RYDEEN 79/07」のみだが精力的なライブ活動を行い、2008年にはロンドンでライブを行った。今年8月には夏フェスにも参加している。


6.X JAPAN
代表曲:紅
1997年に解散
2007年に再結成
 ヴィジュアル系の元祖とも言われ、カリスマ的人気を誇ったバンド。しかし97年に解散。その翌年98年には主要メンバーであるHIDEが急逝。更には解散後のYOSHIKIとTOSHIの不仲などもあり、再結成はありえないと思われていた。しかし2007年、まさかの再結成。2008年3月には10年ぶりのライブで東京ドーム3DAYSソールドアウトという、桁外れの動員数を見せつけた。その後はHIDEの追悼ライブ、ライブハウスでのカウントダウンライブ、香港、台湾での海外ライブなど、年末に2回ライブする程度だった94年以降よりもはるかに精力的に活動している。ただし発表した音源はiTunes配信の「I.V.」1曲のみ。またYOSHIKIの手術のため、今後の活動は未定である。


7.ユニコーン
代表曲:大迷惑
1993年に解散
2009年に再結成
 バンドブームの中心的存在。ユニークな歌詞と曲調で人気を博した。しかしメンバー不仲による解散、その後の奥田民生のソロでの活躍ぶりなどから再結成はないだろうと思われていたが、2009年再結成。シングル「WAO!」とアルバム「シャンブル」をリリース、共にヒットした(「シャンブル」はオリコンチャート初登場1位)。その後全国ツアー「蘇える勤労」を成功させ、今年10月には11thシングル「半世紀少年」をリリース予定。個人的に再結成で最も活躍しているバンドだと思う。



再結成ブームも落ち着いた感があるが、個人的には
BOOWY
JUDY AND MARY
BLANKEY JET CITY
THE BLUE HEARTS
辺りにも再結成してほしいが難しいか。
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僕の話を聞いてくれ~人生の名盤~ 高校編

中学の頃は成績が良かった俺は、県内でも有数の進学校に入学した。

やはり高校といえば「青春」。俺は『タッチ』のような甘酸っぱい高校生活を期待していた。

しかし入学早々、この高校に進んだことを思いっきり後悔することになる。ひたすら勉強しかしないのだ。朝から夕方まで勉強、休み時間も勉強、家に帰っても勉強。おまけに同級生たちはその生活を当然の如く受け入れているのである。

俺は早々に勉強を投げてしまった。おかげで成績はどん底に落ちた。

ならば俺と同じ不満を持っている奴ら、進学校の落ちこぼれたちとつるんで楽しい放課後ライフを送ろうかと思ったが、元来真面目で気が弱く面白みのない性格の俺は、どうにも不良になりきれず彼らとそりが合わなかった。

ならば部活に青春をかけようと中学の友人が多数いたテニス部に入部した。はっきり言って俺は全く運動神経がない。しかし初心者が多かったのでなんとかなるだろうと思ったのである。

しかし一緒に始めた友人ともあっという間に差がついてしまった。自分にテニスの才能が皆無であることを薄々感じつつも、そのことに気付かないフリをして俺はラケットを振り続けたのだった。

このような生活を送っていた高1の頃は過去の名盤をひたすら借りて聴いていた。そのとき参考にしていたのが『DGTABLE(デジタブル)』というフリーペーパーである。小遣いが3000円でバイトも禁止だったので、TSUTAYAの半額クーポンが出たときや図書館(タダで借りられる)を狙って、MDに録りまくった。

Xの影響で聴き始めたHR/HMではディープ・パープルキッスヴァン・ヘイレンオジー・オズボーンなどに手を伸ばした。中でもマイケル・シェンカーのギターには惚れた。

ギタリストとして聴いておかねばとジミ・ヘンドリックスジェフ・ベックエリック・クラプトンジミー・ペイジの三大ギタリストも聴いていた。特にジミー・ペイジが大好きだった。

レッド・ツェッペリンはそれまでも何度かトライしてみるも結局「よく分からん」と投げていたのだが、その年に発売されたライブ盤「How the West Was Won」を聴いてぶっ飛んだ。
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それまでどうもツェッペリンは古臭いと感じていたのだが、1曲目の「Immigrant Song」を聴いた瞬間、心奪われた!ギターもベースもドラムもみな音がぶっといし、凄まじいグルーブを感じる。そしてプラントの「アアアーアー!」という雄たけびを聴いて完全にツェッペリンに惚れた笑。それから全てのオリジナルアルバムを借り集め、高かったDVDまで買ってしまった。ちなみに好きなオリジナルアルバムは「レッド・ツェッペリン(1st)」と「フィジカル・グラフィティ」だった。

当時はエミネムを筆頭にヒップホップブームだったが、どうも俺はラップが受け付けずにいた。しかしリンキン・パークを聴いてラップのかっこよさに気付いた。そこからレッド・ホット・チリ・ペッパーズレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンなどのミクスチャーバンドも聴くようになった。中でもレイジは一時期一番好きなバンドだった。

オルタナティブ・ロックもよく聴いた。中でも好きだったのはニルヴァーナスマッシング・パンプキンズである。メタリカマリリン・マンソンなどのヘヴィ系も好んで聴いていた。

当時は後ろでギターがパワーコードをギャンギャン鳴らしていて、それに美しいメロディが乗る曲が好きだった。なのでUKロックは「ポップすぎる、大人しすぎる」という理由で受け付けなかった。ブラーは勿論のこと、オアシスすら当時はあまりハマらなかった。またストロークスなどに端を発するガレージロックも当時流行っていたが、それも「迫力が無い」と聴かなかった。

今振り返ってみると、高1の頃が一番洋楽を聴いていたかもしれない。


高2は今までの人生で一番暗かった時期である。まずクラスにウマの合う奴が一人もいない。

普通クラスのヒエラルキーは少数の派手なグループ、大多数の普通のグループ、少数のマニアックとなっているものである。そして俺はそれまで普通のグループに属してきた(と思う)。

しかしそのクラスには派手なグループとマニアックしかいなかったのである。俺はクラスで孤立してしまった。

ちょうどその頃、俺は小遣いをためてSONY製で一番安いMDウォークマンを手に入れた。常に音楽を聴いていたいので、休み時間も人と話さずひたすら音楽を聴いている。いよいよ孤立は深まった。

テニス部のほうも入ってきた後輩には馬鹿にされ、中学の頃仲良かった友人とも距離が開き、完全に部内で浮き始めた。

かくして一人の根暗な男が出来上がった。あの頃は「死にたい」とか「明日世界が滅亡しないかな」とか「女と一発ヤれたらもう死んでもいいや」とか負のことばかり考えていた。

この頃は音楽が単なる趣味から依存の対象にまでなっていた。まずハマったのが尾崎豊だ。
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共感したのが大人たちへの反抗ではなく、「十七歳の地図」の『何のために生きてるのか解らなくなるよ』という歌詞だったのが情けない。あの頃は反抗する気力も無かった。

次にパンクである。それまでパンクを馬鹿にしていた俺だが、何となくセックス・ピストルズの「勝手にしやがれ!!」のジャケに惹かれて買ってみたら、これがメチャクチャかっこよかった。
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分厚いギターサウンドにジョニー・ロットンの人を馬鹿にしたような巻き舌ボーカルが乗る。最高!やるせないとき、自転車で爆走しながらウォークマンでピストルズを聴き、「ア~イアムザアンチクライスタッ!」と歌っていたのを思い出す。

そしてJUDY AND MARY。もしかするとJAMがいなかったら死んでたかもしれん笑。

昔「そばかす」を聴いたときは「なんだこの歌詞。意味不明だ」と全く好きになれなかった。YUKIの声も嫌いな部類だった。

しかし鬱々としていた高2の夏、無性にYUKIの声が聴きたくなりTSUTAYAに走った。
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1曲目、「Over Drive」の底なしに明るくかわいいYUKIの声を聴いた瞬間、俺は心から”ほっ”としたのである。これが俺の求めていたものだ!

そんな訳で高2の頃はひたすらJAMを聴いていた覚えしかない。勿論オリジナルアルバムは全部聴いた。中でも好きだったアルバムは「Orange Sunshine」である。
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しかし「MIRACLE DIVING」「POP LIFE」も捨てがたい。この頃の俺は完全にYUKIに惚れていた笑

高3になると、それまで馬鹿にしていた青春パンクにハマることとなる。きっかけはYUKIが銀杏BOYZの「駆け抜けて性春」に参加したことである。この曲をCD屋で視聴して、その激情に不覚にも視聴機の前で涙ぐんでしまった。

銀杏BOYZのメンバーの多くはもともとGOING STEADYというバンドを組んでいたと知った俺は、「さくらの唄」というアルバムを聴いてみた。ドストライクだった。
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中でも1曲目の「アホンダラ行進曲」は思い出深い。当時俺は気晴らしによく川沿いを自転車で走っていた。青い空の下、そこにはずっと一本道が続いているのである。

だだっ広い一本道に風だけが吹いているのさ

見上げる空 どこまでも ブルー、ブルー

こんなにも俺の心情を表した曲があるだろうか。そして峯田の「アホンダラ!!!」のシャウトと共に曲は激しく転調、一気に爆走する。俺も力の限り自転車のペダルを踏み込む。

まだ見ぬ明日に何があるのか、何があるのか僕は知らない


全く上達しなかったが最後まで続けたテニス部も引退し、いよいよ受験生になってしまった。周りは東大だ、旧帝大だと言っているが、2年間勉強をサボってきた俺にそんな実力があるわけがない。

しかし東京に行きたいという思いはあった。というのもライブが多そうだからである。年々CDを聴くだけではなくアーティストの生の音に触れたいという欲求は募っていたが、俺の地元は田舎すぎて滅多に観たいアーティストも来ないし、来てもキャパが小さすぎて全然チケットが取れない。

しかし東京に行けばライブなんて見放題だろう。そう思った俺は関東の大学に進路を決めた。偏差値もちょうどよかったし。

受験期はハイロウズのベストを聴いて元気をもらっていた。センター試験の日もこのベストを聴いてたし、二次試験にも持っていった。
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「青春」の歌詞に『リバウンドを取りに行くあの娘が高く飛んでる時に』とあるのだが、俺が高校3年間ひそかに好きだった女の子もバスケ部だったので自分に重ねていた。

3月。俺は高校を卒業した。何もない3年間だった。むしろ人格に関しては、入学前より悪くなった気がした。

なんとか大学に受かった俺は、一人暮らしの荷造りを始めた。とにかく一刻も早く母親と離れて暮らしたかった。母親とは高校入学以来、ほぼ毎日喧嘩をしていた。母親は俺をエリートに育てたかったようだが、俺がその道を外れたことに失望し、怒りを隠しきれずにいた。俺はそんな母親の様子を見て「ざまあみろ」と思っていた。

4月3日。遂に俺は一人暮らしのために家を出た。18年間一緒に暮らしてきた家族と離れて暮らす寂しさは微塵も感じなかった。ただ一人暮らしへのワクワク感があるだけだった。

俺は上京祝いにいつもなら立読みで済ませるジャンプを奮発して買うと、東京行きの列車に乗り込んだ。

僕の話を聞いてくれ~人生の名盤~ 中学編

まあ俺の音楽遍歴なぞ誰も興味がないだろうが、ブログなんてそんなもんだと思って書くことにする。


まず俺は中学に入るまで音楽に全く興味がなかった。テストの点数は90点を切ったことがなく通知表はほぼ4と5しかなかった俺だが、音楽だけは苦手だった。あ、あと体育。流行の音楽にも全く興味がなく、全然知らなかった。当時SPEEDが大ブレイクしていてクラスの女子が学校休んでコンサートに行ったりしていたが、バカじゃねえのかと思っていたものだ。

中学に入学してからも別段音楽への関心は湧かず、映画や漫画のほうに興味があった。あの頃はよく友達と映画観に行っていたなあ。

そんな俺だが、あるドラマがきっかけで音楽にハマってしまうこととなる。俺は当時鈴木杏が好きで、彼女が出演していた『神様のいたずら』というドラマを観ていたのだが、ラストに流れる主題歌に心奪われた!

その曲こそ、この年(2000年)「TSUNAMI」の大ヒットで再ブレイクを果たしていたサザンオールスターズの「この青い空、みどり ~BLUE IN GREEN~」であった。

その後深夜に放送されていた『桑田佳祐の音楽寅さん ~MUSIC TIGER~』でのサザンのライブで「HOTEL PACIFIC」「TSUNAMI」を聴いて完全にハマってしまった。このサザンのライブはビデオに録画して擦り切れるほど観た。

そして正月。お年玉をGETした俺は人生初のCDを買いに行った。そのCDが「バラッド3 ~the album of LOVE~」であった。
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ワクワクしながらCDを再生した1曲目が「真夏の果実」である。(こんなにいい曲があるのか…)と放心状態になってしまった。

それからしばらくはひたすらサザンばかり聴いていた。過去のオリジナルアルバムを始め、桑田ソロなども聴き漁った。2001年からはサザンが一時活動休止し、桑田佳祐ソロで活動するようになり、俺も「波乗りジョニー」や「白い恋人達」といったシングルを買ってはひたすら聴き込んでいた。

しかしだんだんとサザンよりももっと激しい音楽を聴きたいという欲求が募ってきた。そんな折、友人から借りたB'zのベストに大ハマりした。
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ズンズン来る低音に松本の華麗なギターソロ、そして稲葉の熱いシャウト。1曲目の『LOVE PHANTOM』を聴いた途端、あまりの興奮に小躍りしてしまった笑

同じ頃にGLAYも聴いた。GLAYはヴィジュアル系ということで偏見を持っていたのだが、聴いてみると格好良い!TERUの歌い方が素直だし、歌詞も良い。というわけでGLAYのベスト盤もよく聴いていた。
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特に「誘惑」「ビリビリクラッシュメン」などロック色の強いDISK2をヘビロテしていた。

GLAYには色々な思い出がある。まず初めてライブDVDを買ったのがGLAYである。
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このDVDは今まで一番観たかもしれない。特にHISASHIのギターソロに心奪われた。

そして初めてバンドでコピーしたのもGLAYである。楽器なんて弾けないくせに友人がバンドを組むというのを聞き羨ましくて交ぜてもらったのである。俺と同じ考えの奴が多数いて、バンドは総勢10人くらいの大所帯となってしまった。

ちなみにコピった曲は「Way of Difference」である。ファルセットを多用する難易度の高いこの曲を中学生が簡単にコピー出来る訳がないのだ。後にGLAYの曲を色々コピーしてみて思ったが、GLAYはロックよりもバラードのほうが難しい。

俺は友人からアコギを借りてプレイした。何度か友人宅に集まって練習したが、そこは中学生。結局は少し練習して後はダベって終わりとなる。

ギリギリになって自信喪失したボーカルが「辞めたい…」と言い出すなど、メチャクチャのまま本番を迎えた。

本番も皆ミスを恐れてアンプの音量を極限まで絞っている。結果、ドラムだけがボコボコなり、それにか細い歌が乗るという、とてもバンドとは言いがたい演奏になってしまった。

かく言う俺も全然指が動かず、観客に「あれ弾いてんの?」とか言われながらほとんど当て振りの様な感じで初ステージを終えた。

しかも次のバンドがハイクオリティで、早弾きギュワギュワやって観客がドッと盛り上がっているのを観るとなんとも恥ずかしい気分に。

そんなことがあった初ステージだが、今ではいい思い出である笑

そして初めてライブに行ったのもGLAYである。中学卒業した春に友人達と「GLAY HIGHCOMMUNICATIONS 2003」を観に行った。いやあ大興奮だった。未だにGLAYのライブはたまに懐かしくなると行きたくなる。今年の夏の日産スタジアムでのライブも行く予定だ。

時代は戻って中2の冬。この頃、俺の中学ではX JAPANブームが起こる。ベスト盤が人から人に貸され、一気にファンが増えていった。
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俺もXは何度か耳にしたことはあったのだが、どうもヴィジュアル系というイメージとTOSHIのガラガラ声が好きになれずにいた。

しかしこのベストの4曲目「RUSTY NAIL」を聴いた途端、そんなイメージは崩壊した。(なんて美しい曲なんだ…)特に中盤の「朝を迎える孤独を忘れて」というところでは鳥肌が。

やがて初期のTOSHIのガラガラ声にも慣れた俺は、完全にXにハマることとなる。中3辺りはXを聴かない日は無かった。

そしてXのDVD「CLIPS II」を買った俺は狂ったようにライブ映像を観ていた。一番観たのはやはり「紅」だろう。ありえないスピードでドラムを叩くYOSHIKIにも惹かれたが、俺はやはりキ●ガイじみたパフォーマンスを繰り広げるHIDEに心奪われた。GLAYのHISASHI、そしてXのHIDEが俺のギターやりたい熱に火をつけた。この辺りから俺はギターを買うために貯金を始めた。
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ところで地方の中学にはまだ昔ながらの不良が多かった。短ラン、ボンタン、腕には根性焼きの跡がビッシリみたいな連中である。彼らにはXのファンが非常に多かった。8割方そうだったかもしれん。普段全く係わり合いのない俺も、彼らとXを通じて語り合ったりした。

その中でも一番仲の良かった不良に俺は「THE LAST LIVE VIDEO」を貸してもらった。これはものすごく欲しかったものの1万円という高額に諦めたDVDである。このLIVEがものすごかった。オープニングでメンバーが登場したところから鳥肌立ちっぱなし。今まで観た中で最高のライブ映像だった。後にこのDVDをHARD OFFで1500円くらいで発見したときには狂喜したものだ。
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Xにハマってから、YOSHIKIやHIDEが影響を受けたと言っていたアイアン・メイデンハロウィンなどの洋楽メタルも聴くようになった。特にアイアン・メイデンはかなりアルバムを借りて聴いていた。
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他にもエアロスミスボン・ジョヴィ等、主にハードロック・ヘヴィメタルを中心に聴くようになっていく。

当時は日本でも海外でもパンクロックブームだったが、メタルの様式美にハマっていた俺は「パンクなんて演奏は汚いし、怒鳴り散らしているだけじゃねーか」と馬鹿にしていた。唯一メタルのエッセンスを持ったSUM 41だけはすごく好きだったが、ゴイステ、モンパチ、175R、ロードオブメジャーなどの日本の所謂青春パンクは嫌いだった。挙句の果てにはブルーハーツすら聴かず嫌いだった。「天体観測」で同級生から圧倒的な支持を得ていたBUMP OF CHICKENにもいまいちハマれずにいた。

また女性ボーカルを全く聴く気になれず、男性ボーカルばかり聴いていた。当時は浜崎あゆみ、宇多田ヒカルが二大歌姫と謳われていたが、どちらにも興味がなかった。まあどちらかといえば浜崎のほうが好きだったが。また当時人気絶頂のモーニング娘。に関しては曲を出す度に「馬鹿にしやがって」と思いつつもテレビをチェックしてしまう、みたいな。ちなみにゴマキ派だった笑

そんなちょっと時代からズレた俺は中学を卒業し、無事高校に受かると貯めた小遣いでエレキギターを買いに行った。そして部屋でギターをかき鳴らしながら、来るべき高校生活に甘い想像を膨らませるのだった。

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Trash We’d Love  the HIATUS

1. Ghost In The Rain
2. Lone Train Running
3. Centipede
4. Silver Birch
5. 堕天
6. Storm Racers
7. Little Odyssey
8. The Flare
9. 紺碧の夜に
10. ユニコーン
11. Twisted Maple Trees

 ELLEGARDENのボーカルでメインソングライターの細美武士ソロプロジェクト1作目。バンド名はthe HIATUS。ベースに元ミッシェルのウエノコウジ他、実力派揃いのメンバーで制作された。中でも今回はピアノが入っているということで、エルレとは違ったサウンドが期待された。
 細美の書く曲が音源化されるのは2006年の『ELEVEN FIRE CRACKERS』以来、実に3年ぶりである。細美のメロディーの大ファンである俺としてはまさに待望、発売日の1日前に学校サボってフラゲして来た。ここまでCDの発売を心待ちに出来るアーティストは細美とYOSHIKIくらいである笑。
 そして聴いた感想。やっぱりこの人の書く曲大好きだ!そしてサウンドにピアノが入ったことで細美のメロディーの美しさ、優しさが際立っている。①はそんなthe HIATUSを代表する名曲。そして個人的には③のサビの切なさで鳥肌が立った。④は今までなかった優しい曲。⑦はバックがピアノ1本という、エルレでは考えられなかった曲。伴奏ピアノだけで歌うには少し細美の歌唱力不足な気はしたが。⑧はちょっとMuseっぽいが、ダークでかっこいい。⑨はアルバム中一番ポップで、「ジターバグ」に通じるキャッチーさ。ライブで盛り上がりそう。ラストは感情を抑えた演奏からじわじわと盛り上がり、中盤一気に爆発するエモーショナルな曲で幕を閉じる。
 素晴らしいアルバムだ。昨日からひたすら繰り返して聴いているが、毎回新たな発見がある。これは今年一番聴くことになるだろう。幸運にも7月のthe HIATUSワンマンライブに当選したので、この曲がライブでどのように鳴らされるか、今から楽しみである。

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2008.09.07 STUDIO COAST  ELLEGARDEN


2008年5月2日にELLEGARDENは活動休止宣言をした。多くのファンにとっては寝耳に水、「まさか!」と信じられない気持ちだっただろう。バンドは人気絶頂期を迎えていたし、何より細美の「俺達はずっと変わらないから」という言葉を信じきっていた。

それから制作中だったアルバムは結局出ないこととなり、例年通り山のように夏フェスに参加した後、9月のワンマンライブをもって無期限の活動休止となった。

その活動休止前最後のライブが「2008.09.07 STUDIO COAST」である。

チケット倍率はいつもにましてとんでもないこととなり、当日新木場駅からSTUDIO COASTにかけての道はチケットを求める人の行列が出来ていたという。

俺もチケットが外れ、結局このライブを観ることができなかった。

なので、このライブの模様を収録したDVDが出るというので飛び上がって喜んだ。

まさにファンにとっては待望のDVDだったのである。

しかし、DVD化にあたって数点疑問が浮かんだ。


疑問①このライブ、撮影してないんじゃなかったっけ?

疑問②収録時間85分て少なくね?

疑問③ミュージッククリップ9曲って何入れるんだ?


今日Amazonから届いたこのDVDを観て、疑問は解決された。悪い意味で。

ワクワクしながらDVDを再生したのだが、いきなり画質が荒く、心配になる。

まあ演出だろうと思っていたが、ライブが始まっても相変わらず画質は荒い。

やはりプロが撮影用のカメラで撮ったわけではないらしく、画素数の低いカメラでスタッフが撮ったような映像が続く。

まあ臨場感があっていいかと自分を納得させる。

そして『Space Sonic』に入った瞬間

いきなり夏フェスでのリハーサル風景に切り替わる。

DVDを叩き割りたいと思ったのは初めてだ…。

その後もドキュメントになったりライブ映像になったり、ライブ音源なのに映像は別のに差し替えられたりとひどい。「Doggy Bags」のライブを丸々一回完全収録した感じが好きだったので、今回は完全に予想を裏切られた。

ライブ自体もかなりカットされている。実際は26曲やったところ11曲しか収録されていない。

2008.09.07 STUDIO COAST 本当のセトリ(赤字がDVDに収録されている曲)
Opening
Space Sonic
Fire Cracker
モンスター
Pizza Man
スターフィッシュ
My Favorite Song
サンタクロース

No.13
Middle Of Nowhere
Missing
高架線
BBQ Riot Song
Supernova
風の日
I Hate It
Salamander
Red Hot
Make A Wish
ジターバグ

EN1
金星
(Can't Remember)How We Used Be

EN2
Insane


EN3
Surfrider Association

BOOWYのLAST GIGS不完全版でももうちょっとマシだったぜ。

MCも大方カット。当日細美が客に「黙ってろ!」とキレて、会場が凍りついたらしい。今回のDVDで一番観たいシーンでもあったが、すっぱりカットされていた。

ミュージッククリップ9曲も今までのDVDにそれぞれ収録されていたものを集めただけ。一体何の意味があるのか?その時間分を本編にあててもらいたかった。


そんな訳で、エルレには悪いがクソDVDだと言わざるを得ない。やけに音だけはいいが。

なんかベスト盤の件と言い、レコード会社金儲けに走ってるんじゃないの?せっかくインディーズで活動しているのに、これじゃあ意味無いな。
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