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僕の話を聞いてくれ~人生の名盤~ 中学編

まあ俺の音楽遍歴なぞ誰も興味がないだろうが、ブログなんてそんなもんだと思って書くことにする。


まず俺は中学に入るまで音楽に全く興味がなかった。テストの点数は90点を切ったことがなく通知表はほぼ4と5しかなかった俺だが、音楽だけは苦手だった。あ、あと体育。流行の音楽にも全く興味がなく、全然知らなかった。当時SPEEDが大ブレイクしていてクラスの女子が学校休んでコンサートに行ったりしていたが、バカじゃねえのかと思っていたものだ。

中学に入学してからも別段音楽への関心は湧かず、映画や漫画のほうに興味があった。あの頃はよく友達と映画観に行っていたなあ。

そんな俺だが、あるドラマがきっかけで音楽にハマってしまうこととなる。俺は当時鈴木杏が好きで、彼女が出演していた『神様のいたずら』というドラマを観ていたのだが、ラストに流れる主題歌に心奪われた!

その曲こそ、この年(2000年)「TSUNAMI」の大ヒットで再ブレイクを果たしていたサザンオールスターズの「この青い空、みどり ~BLUE IN GREEN~」であった。

その後深夜に放送されていた『桑田佳祐の音楽寅さん ~MUSIC TIGER~』でのサザンのライブで「HOTEL PACIFIC」「TSUNAMI」を聴いて完全にハマってしまった。このサザンのライブはビデオに録画して擦り切れるほど観た。

そして正月。お年玉をGETした俺は人生初のCDを買いに行った。そのCDが「バラッド3 ~the album of LOVE~」であった。
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ワクワクしながらCDを再生した1曲目が「真夏の果実」である。(こんなにいい曲があるのか…)と放心状態になってしまった。

それからしばらくはひたすらサザンばかり聴いていた。過去のオリジナルアルバムを始め、桑田ソロなども聴き漁った。2001年からはサザンが一時活動休止し、桑田佳祐ソロで活動するようになり、俺も「波乗りジョニー」や「白い恋人達」といったシングルを買ってはひたすら聴き込んでいた。

しかしだんだんとサザンよりももっと激しい音楽を聴きたいという欲求が募ってきた。そんな折、友人から借りたB'zのベストに大ハマりした。
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ズンズン来る低音に松本の華麗なギターソロ、そして稲葉の熱いシャウト。1曲目の『LOVE PHANTOM』を聴いた途端、あまりの興奮に小躍りしてしまった笑

同じ頃にGLAYも聴いた。GLAYはヴィジュアル系ということで偏見を持っていたのだが、聴いてみると格好良い!TERUの歌い方が素直だし、歌詞も良い。というわけでGLAYのベスト盤もよく聴いていた。
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特に「誘惑」「ビリビリクラッシュメン」などロック色の強いDISK2をヘビロテしていた。

GLAYには色々な思い出がある。まず初めてライブDVDを買ったのがGLAYである。
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このDVDは今まで一番観たかもしれない。特にHISASHIのギターソロに心奪われた。

そして初めてバンドでコピーしたのもGLAYである。楽器なんて弾けないくせに友人がバンドを組むというのを聞き羨ましくて交ぜてもらったのである。俺と同じ考えの奴が多数いて、バンドは総勢10人くらいの大所帯となってしまった。

ちなみにコピった曲は「Way of Difference」である。ファルセットを多用する難易度の高いこの曲を中学生が簡単にコピー出来る訳がないのだ。後にGLAYの曲を色々コピーしてみて思ったが、GLAYはロックよりもバラードのほうが難しい。

俺は友人からアコギを借りてプレイした。何度か友人宅に集まって練習したが、そこは中学生。結局は少し練習して後はダベって終わりとなる。

ギリギリになって自信喪失したボーカルが「辞めたい…」と言い出すなど、メチャクチャのまま本番を迎えた。

本番も皆ミスを恐れてアンプの音量を極限まで絞っている。結果、ドラムだけがボコボコなり、それにか細い歌が乗るという、とてもバンドとは言いがたい演奏になってしまった。

かく言う俺も全然指が動かず、観客に「あれ弾いてんの?」とか言われながらほとんど当て振りの様な感じで初ステージを終えた。

しかも次のバンドがハイクオリティで、早弾きギュワギュワやって観客がドッと盛り上がっているのを観るとなんとも恥ずかしい気分に。

そんなことがあった初ステージだが、今ではいい思い出である笑

そして初めてライブに行ったのもGLAYである。中学卒業した春に友人達と「GLAY HIGHCOMMUNICATIONS 2003」を観に行った。いやあ大興奮だった。未だにGLAYのライブはたまに懐かしくなると行きたくなる。今年の夏の日産スタジアムでのライブも行く予定だ。

時代は戻って中2の冬。この頃、俺の中学ではX JAPANブームが起こる。ベスト盤が人から人に貸され、一気にファンが増えていった。
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俺もXは何度か耳にしたことはあったのだが、どうもヴィジュアル系というイメージとTOSHIのガラガラ声が好きになれずにいた。

しかしこのベストの4曲目「RUSTY NAIL」を聴いた途端、そんなイメージは崩壊した。(なんて美しい曲なんだ…)特に中盤の「朝を迎える孤独を忘れて」というところでは鳥肌が。

やがて初期のTOSHIのガラガラ声にも慣れた俺は、完全にXにハマることとなる。中3辺りはXを聴かない日は無かった。

そしてXのDVD「CLIPS II」を買った俺は狂ったようにライブ映像を観ていた。一番観たのはやはり「紅」だろう。ありえないスピードでドラムを叩くYOSHIKIにも惹かれたが、俺はやはりキ●ガイじみたパフォーマンスを繰り広げるHIDEに心奪われた。GLAYのHISASHI、そしてXのHIDEが俺のギターやりたい熱に火をつけた。この辺りから俺はギターを買うために貯金を始めた。
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ところで地方の中学にはまだ昔ながらの不良が多かった。短ラン、ボンタン、腕には根性焼きの跡がビッシリみたいな連中である。彼らにはXのファンが非常に多かった。8割方そうだったかもしれん。普段全く係わり合いのない俺も、彼らとXを通じて語り合ったりした。

その中でも一番仲の良かった不良に俺は「THE LAST LIVE VIDEO」を貸してもらった。これはものすごく欲しかったものの1万円という高額に諦めたDVDである。このLIVEがものすごかった。オープニングでメンバーが登場したところから鳥肌立ちっぱなし。今まで観た中で最高のライブ映像だった。後にこのDVDをHARD OFFで1500円くらいで発見したときには狂喜したものだ。
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Xにハマってから、YOSHIKIやHIDEが影響を受けたと言っていたアイアン・メイデンハロウィンなどの洋楽メタルも聴くようになった。特にアイアン・メイデンはかなりアルバムを借りて聴いていた。
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他にもエアロスミスボン・ジョヴィ等、主にハードロック・ヘヴィメタルを中心に聴くようになっていく。

当時は日本でも海外でもパンクロックブームだったが、メタルの様式美にハマっていた俺は「パンクなんて演奏は汚いし、怒鳴り散らしているだけじゃねーか」と馬鹿にしていた。唯一メタルのエッセンスを持ったSUM 41だけはすごく好きだったが、ゴイステ、モンパチ、175R、ロードオブメジャーなどの日本の所謂青春パンクは嫌いだった。挙句の果てにはブルーハーツすら聴かず嫌いだった。「天体観測」で同級生から圧倒的な支持を得ていたBUMP OF CHICKENにもいまいちハマれずにいた。

また女性ボーカルを全く聴く気になれず、男性ボーカルばかり聴いていた。当時は浜崎あゆみ、宇多田ヒカルが二大歌姫と謳われていたが、どちらにも興味がなかった。まあどちらかといえば浜崎のほうが好きだったが。また当時人気絶頂のモーニング娘。に関しては曲を出す度に「馬鹿にしやがって」と思いつつもテレビをチェックしてしまう、みたいな。ちなみにゴマキ派だった笑

そんなちょっと時代からズレた俺は中学を卒業し、無事高校に受かると貯めた小遣いでエレキギターを買いに行った。そして部屋でギターをかき鳴らしながら、来るべき高校生活に甘い想像を膨らませるのだった。

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